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白砂林の紹介(研究者向け)

2021-03-30

「白砂林」とは

白砂林(white-sand forests)とは、白砂の卓越するポドゾル土壌上に成立する熱帯・温帯地域の森林の総称です。東南アジアの熱帯白砂林はヒース林(heath forests)とも呼ばれます(宮本ら2017)。現地の言葉では、アマゾン流域で「campinarana(カンピナラナ)」や「Caatinga(カーティンガ)」(Adeney et al. 2016)、東南アジアで「kerangas(ケランガス)」(Brünig 1974)と呼ばれ、また認知度はまだ低いもののアフリカ地域にも存在しています(Whitmore 1975)。

ポドゾル土壌

ポドゾル土壌は、もともと湿潤寒冷気候における北方針葉樹林でよく知られている土壌で、有機物が厚く堆積した「堆積腐植層」、有機酸によって鉄やアルミニウムが溶け出し白砂が主成分となった土壌層である「溶脱層(eluvial層)」、その下方で鉄やアルミニウムが集積した赤っぽい土壌層である「集積層(spodic層)」による特徴的な三層構造によって構成されます(Sheffer et al. 1976)。ちなみに、ポドゾル(podsol)という言葉は、灰白色の溶脱層の特徴にちなみ、ロシア語の「下方の」を意味するpodと「灰」を意味するzolaを由来としています。

気候は全く異なりますが、熱帯地域の平坦で滞水しやすい条件においても、ポドゾル化は生じます。熱帯では一般的に落葉落枝の分解速度は非常に速いですが、滞水しやすい土壌環境では分解を担う土壌動物や微生物の活動が不活発になり、分解が不充分な有機物の層(堆積腐植層)が形成されます。この有機物層は真菌類や糸状菌によってゆっくりと分解されていきますが、その際にフルボ酸やクエン酸などの強酸性の有機酸が生成され、土壌の酸性化が進みます(一般にpH 4.0程度、Adeney et al. 2016)。この有機酸が雨などによって土壌下方に染みていくと同時に、鉄やアルミニウムを溶かしだすことで、上述の溶脱層と集積層を形成すると考えられています(Sheffer et al. 1976)。また、白砂林付近の川は、有機酸の成分(特にフェノール類)の影響で紅茶色をしています(Janzen 1974)。

上述のようにポドゾル土壌は「遅い分解過程に伴って生成される有機酸」がポドゾル土壌生成の要因と考えられています。本プロジェクトで着目する熱帯ポドゾルは、特に湿潤条件による分解の遅延が要因であるため湿性ポドゾルと呼ばれ、日本の山地の尾根沿いなどといった乾燥下で形成される乾性ポドゾルとは区別されます(Sheffer et al. 1976)。

白砂林の植生

白砂林では、他の森林に比べて、光合成や成長に必須の窒素が特に不足しているといわれています(Medina et al. 1990)。そのため白砂林の樹木は成長が遅く、樹高も低く、小径木で立木密度が高いという特徴があります(Adeney et al. 2016)。少ない栄養を効率的に使うために、硬葉(sclerophylly)と呼ばれる丈夫で厚い葉をもつことも特徴です(Turner 1994)。凹凸の少ない平らな林冠を形成することが多く、東南アジアでは、50 mを超える突出木によってデコボコの激しい林冠を示すフタバガキとは容易に区別がつきます(Richards 1996)。

白砂林は、貧栄養条件に対して適応している植物種によって構成されています。例えば、貧栄養条件に対して耐性のある球果類(マツの仲間)、共生菌によって窒素固定を行うことのできる樹木種(モクマオウの仲間など)、昆虫などを捕食することで栄養を獲得するウツボカズラの仲間が豊富に見られます(宮本ら2017)。白砂林は他の熱帯林に比べて種数は少ないものの、白砂林でしか観察されない種(García-Villacorta et al. 2016)や白砂林生態系のみで顕著に適応放散している種(Pagamea属は南米の白砂林にて30種以上に適応放散、Vicentini 2016)がみられるなど、白砂林は生物多様性保全において重要な生態系であるといえます(Daly et al. 2016)。しかし、一概に白砂林といっても地域によって樹種構成が大きく異なっており(Adeney et al. 2016)、例えば、球果類が優占する白砂林は東南アジアでしかみられません(宮本ら2017)。白砂林そのものの多様性がどのように駆動されてきたのかも、本プロジェクトによって明らかにしてきます。

貧栄養に適応した樹木種は、葉が硬く丈夫なだけでなく、落葉する際に葉の栄養を樹体内に回収(再吸収)し、少ない栄養を効率的に使う戦略を取ります。そのため、落葉は硬く栄養に乏しく、分解しにくい性質をもちます(Vernimmen et al. 2013)。上述のように、ポドゾル化は分解しにくい落葉落枝からの有機酸によって進むので、白砂林の貧栄養に適応した樹木の落葉は、さらに貧栄養を加速させる正のフィードバックをもたらすと考えられています(Sheffer et al. 1976)。

保全の重要性

白砂林には独自の進化を遂げた固有の動植物が多く生育していることが知られていますが、他の森林に比べて研究例が著しく少なく、白砂生態系の成立メカニズムや生物多様性の全貌は未だ謎に包まれています(Fine & Bruna 2016)。幸い、その栄養の貧弱な土壌のおかげで、これまで大規模な農地開発を回避してきており、近現代までその貴重な生態系は維持されてきました(Adeney et al. 2016)。

しかし、平らな土地であるため農地以外の用途の開発が近年急激に進み、加えて気候変動に伴う火災によって多くの白砂林が消滅の危機に瀕しています。白砂林は熱帯雨林の中にパッチ上に点在していることから近傍の白砂林特有の種の行き来がしにくく(García-Villacorta et al. 2016)、加えて樹木にとって高ストレス環境であるため森林の回復速度も非常に遅く、一度崩れた生態系のバランスの回復は極めて困難となります(Adeney et al. 2016)。国立公園に指定されるなど、徐々に保全の取り組みが進んできていますが、未だ白砂林の基礎的な情報ですら十分でありません。本プロジェクトを通して明らかになる白砂林の分布情報や生物多様性、白砂林成立メカニズムなどの知見を基に、白砂林保全における学術的提言を行うことを目指しています。

参考文献

  • Adeney, J. M., Christensen, N. L., Vicentini, A., & Cohn‐Haft, M. (2016). White‐sand ecosystems in Amazonia. Biotropica48(1), 7-23.
  • Brtinig E. F. (1974). Ecological Studies in the Kerangas Forest of Sarawak and Brunei. Borneo Literature Bureau, Kuching
  • Daly, D. C., Silveira, M., Medeiros, H., Castro, W., & Obermüller, F. A. (2016). The white‐sand vetation of Acre, Brazil. Biotropica48(1), 81-89.
  • Fine, P. V. A. & E. M. Bruna. (2016). Neotropical white-sand forests: Origins, ecology and conservation of a unique rain forest environment. Biotropica 48, 5–6.
  • García‐Villacorta, R., Dexter, K. G., & Pennington, T. (2016). Amazonian white‐sand forests show strong floristic links with surrounding oligotrophic habitats and thuiana Shield. Biotropica48(1), 47-57.
  • Janzen, D. H. (1974). Tropical blackwater rivers, animals, and mast fruiting by the Dipterocarpaceae. Biotropica, 69-103.
  • Medina, arcia, V., & Cuevas, E. (1990). Sclerophylly and oligotrophic environments: relationships between leaf structure, mineral nutrient content, and drought resistance in tropical rain forests of the upper Rio Nro rion. Biotropica, 51-64.
  • Richards, P. W., Frankham, R., & Walsh, R. P. D. (1996). The tropical rain forest: an ecological study. Cambridge university press.
  • Scheffer, F., Schachtschabel, P., Blume, H. P., Hartge, K. H., & Schwertmann, U. (1976). Lehrbuch der Bodenkunde. 「土壌学」、佐々木清一、長谷川寿喜訳、博友社
  • Turner, I. M. (1994). Sclerophylly: primarily protective? Functional ecology8(6), 669-675.
  • Vernimmen, R. R. E., Bruijnzeel, L. A., Proctor, J., Verhoef, H. A., & Klomp, N. S. (2013). Does water stress, nutrient limitation, or H-toxicity explain the differential stature among Heath Forest types in Central Kalimantan, Indonesia? Biogeochemistry113(1), 385-408.
  • Vicentini, A. (2016). The evolutionary history of Pagamea (Rubiaceae), a white‐sand specialist lineage in tropical South America. Biotropica48(1), 58-69.
  • Whitmore, T. C. (1975) Tropical Rain Forests of the Far East. Clarrendon Press, Oxford.
  • 宮本 和樹, 相場 慎一郎, 和頴 朗太, Reuben Nilus (2017) 熱帯ヒース林における球果類の優占―森林構造と種組成を規定する要因. 日本生態学会誌, 67:331-337

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